全肯定・全承認ってどういうこと?

全肯定・全承認ってどういうこと?

こんにちは、花崎です!
多くの本を執筆している、自己肯定感の第一人者、中島輝さんは私の師ですが、
「全肯定・全承認」でいこうね!と、いつも講座では皆に呼びかけてくれます。

この「全肯定・全承認」を聞いたときには、素敵な言葉だなと感じ入ったものです。
だってこの世の中、他人を肯定せず&承認せずの人が、いかに多いことか。
HSPの私は、いつもそのようなことを感じてしまうのです。

HSPの多くに他人を思いやる傾向がある

HSPの良さの一つ、目に見えたもの以外にも思いを馳せることができる、
その想像力や思考・考察力は素晴らしいものです!
過去に得た知識と情報を複雑につなぎ合わせ、深慮することができるのです。

ですから自分の目に見えた情報だけを鵜呑みにして短絡的に物事を決めつけることなく、「無知の知」、自分にはまだ知らない世界があるのかもしれないと考えることができます。

人をつくっているものは…

その人の「性格」として目前に見えるものの中には、様々な事情が絡んでいます。

まず遺伝だったり、生まれつき持っているもの。
性格や体型や体質も、人はある程度最初から持ちあわせています。
「HSC特性」「発達特性」などの、特性。
後天的には、家庭環境や、それまでに出会った人や親からの影響。
時代、社会情勢、家庭の資金面、家族の健康状態、大家族か核家族かなどなど。
色んな要素が、その人に影響を与えているのです。

「現在」にはそれら事情が繋がっている

あらゆる事情が重なり「今」があって、
ひどいイジメにあったから人を信用できなくなっている人、
発達特性があって挨拶が苦手な人、
親に借金があって勉強どころではなかった人、進学を諦めた人、
色々なのに、それら事情を考えることもなく、
自分基準で「あの人は間違ってる」「ダメだ」と否定してしまう人がいます。

「みんなと同じ」とか「一定レベル以上」じゃないと、否定する。
でもそのような判定は、人を幸せにしないのです。

それがわかるから、繊細さんは否定が苦しい

学校で、友達が友達を否定する。先生が生徒を否定する。
それに対して、ものすごく苦痛を感じる子たちがいます。

職場で、上司が部下を罵倒する。同僚が同僚をバカにする。
自分のことのように、嫌な気持ちになる人がいます。

繊細さんです。
繊細さんは「あぁ、あの人にも事情があって、悪意でそのようにしたのではないのに、あの怒鳴り様はないな、一方的だな、ツラいよね」と感じてしまうのです。

発達特性のある人が、考えるスピードが遅めであることは、あります。
部屋に入る前に、躊躇する挨拶の心構えのため深呼吸のワンテンポがあったり。
急いでいるように見えない、たったそれだけで、行動を咎める人がいます。

HSC/HSP特性のある人が、人前での発言が苦手であることがあります。
人の輪に入るのも苦手、大人しく存在していたとします。
たったそれだけで、コミュニケーション能力がないからダメだと言われたら…

全肯定・全承認の大切さ

さぁ、ここで「全肯定・全承認」を思い出してください!!
一見皆んなと同じではない行動も、他人が肯定して承認してくれたら、
その人は幸せだと思いませんか♪
ダメって言われないってことは、安心を得られると思いませんか♪

そう、全肯定・全承認の世界は、安心安全な世界。
伸び伸びと自分を出せる世界。
ありのままの自分で、自由に生きられる世界。


すべての人に、そのことを噛み締めてもらいたいです。
少し誤字脱字のある人がいても。
少し運動音痴な人がいても。
少し勘違いの多い人がいても。
少し気が小さくて、ドキドキの多い人がいても。
少し落ち込みやすい人がいて、不安を口にすることが多くても。

肯定してあげてほしい。
誰だって否定されたくない。

お子さんだったら、少し学校の支度が苦手であっても。
帰宅後、片付けをしないでゲームに夢中になっても。
勉強ができなくても。
部活の成績があがらなくても。

肯定してあげてほしい。
ダメなところを口にしないで見守るだけで「肯定」なのです。
お母さん・お父さんが全部を肯定して、良い行動のほうこそを認めていけば、
ちゃんと社会のなかで育ち、自己を磨き、あらゆる面で成長していくのです。

成長を見守る

成長の進み具合には個人差があり、
いいえ、服の好みにだって、人の好き嫌いにだって、仕事選びにだって、それぞれの人にちゃんと、それぞれの「自分の考え=個人差」があるのです。

親の考えが正しいのではなくて、子どもの自由な考えこそを尊重すべきなのです。
失敗させたくないから世話を焼いてあげても、子どもの成長の妨げになります。

だとしたら、失敗してもいいから微笑んで見守っていたほうが、きっと双方が幸せで、感謝できる、互いを尊重しあえる生き方となるのではないでしょうか。

ダメと頭ごなしに叱るのでなく、でももちろん、まったく叱らないのでもない。
「叱る」という考え方を少し変化させて、「伝えたいことはきちんと言葉にする」としたら、どうでしょうか。
あまりに伝えたいことが多すぎて、ああしなさい、こうして、という言葉が増えると、それはまた良くないと思うのです。自由がなくなりますから。失敗のチャンスもなくなりますから。

考え方としては…♡

職場で想像してみればわかりやすいですね、同僚や上司にちくいち行動の間違いを正され続けていると、縮こまって働くことになってしまいます。
ある程度の自由を与えられ、働かせてもらえると、仕事が楽しくなってきます。
子育ても、他人との関わり方も、そのようなイメージで進めてみませんか??笑